最終章「子供たちと幻想」
資料室にあった病院の見取り図から、地下の存在に気付いた4人は、地下への経路を探す。
図書室にあった建築物の歴史。
『どんな建物も完璧な計算の元、建てられる。何故そのような造りになっているか考えると面白い。
特別頑丈に造られている部屋には、何かが隠されているだろう。』
学習室の硝子が割れ、奥の部屋へと入れるようになっていた。
奥の部屋へ行くと、床に違和感を見つける。
職員室の物置棚に、スコップやハンマー、バールなど様々な工具が置いてあった事を思い出し、それらを運ぶ。
外がやけに騒がしい。……嫌な予感がする。
4人は力を合わせ床を破壊すると、地下へと続く梯子が見つかった。
どこに続いているかも分からない暗闇を見て、病院を出た事も無い4人は迷っていた。
「逃げなさい!」
―――マリス先生の声が聞こえた。
もちろんそれは気のせいで、周りを見るがマリス先生はいない。
しかし、その声に勇気づけられた4人は、梯子を降りる事を決意したのだった。
暗闇へ続く長い長い梯子を慎重に降りていく。
―――地上から大きな音が響く。その音から病院が崩れたと予想できた。
カタカタカタカタ
職員室で白衣を着た男がモニターの明かりに照らされながら、キーボードを打ち込んでいる。
たくさんの画面には、病院内のあらゆる場所が監視カメラで映されていた。
―――私は、悪魔の研究に加担している。
私の国は、もうすぐ戦争をはじめる。そのためには、他国より優れた兵器が必要だ。
優れた兵器を開発するために、優れた頭脳を持つ人間を作る事、それが私に与えられた任務だった。
……大脳、主に前頭葉の異常な発達を促し、人工的に「天才」を創り上げる。
何も知らない子供たちを手術し、この病院で天才へと育てるのだ。
全ては国のため。私の心はとうの昔に死んでいる。
手術は成功したように思えたが、ある日、脳に手術を施すことによる副作用が見つかった。
「先生、中庭にフェアリーがいる!!!」
被験者番号001「アカネ」が7歳を迎える頃突然、そんな事を言い始めた。
中庭に行くとやはりそんなものはいない。フェアリーなんておとぎ話の中の存在だから当たり前だ。
アカネにその事実を伝えると、彼女は頭を抱え……死んでしまった。
被験者番号002「マサミ」、被験者番号003「タマイ」、被験者番号004「アイリ」。
全員が存在しないものを視認し、それが存在しないと理解すると同時に頭を抱えながら死亡。
私は、この現象を【幻想病】と名付けることにした。
脳に手術を受けた子供たちは、ある日突然、幻想を抱く。ありもしないものが存在すると思い込むのだ。
そして、その幻想が存在しない事を理解すると、死んでしまう。
私は、子供たちを幻想から脱却させるため計画を立てた。
子供たちが見ている幻想は本当に存在して、消えた理由は他にあると思い込ませる計画だ。
何度も失敗し、たくさんの子供たちが、死んでしまった。
……もう後戻りできない、私には研究者としての矜持がある。
生き残った子供はたったの4人。
悪魔に魂を売ってしまった以上、ひとりでも成功させなければ、本当に私はただの人殺しだ。
被験者番号028「ハレ」
ペガサスの幻想が消える。
図書室に様々な資料を用意し、ペガサスが寿命で死んだと思い込ませる事に成功。
7月6日。無事、幻想から脱却。
被験者番号055「ユキ」
魔法を使えるという幻想を抱く。二度と使用しないよう促したが失敗。
プランBに変更。計画は問題無く進み、10歳で魔法使いは魔法が使えなくなると思い込ませる事に成功。
7月6日。無事、幻想から脱却。
被験者番号099「ホシノ」、被験者番号100「タイヨウ」
共有幻想を抱く。賢者の石という架空の道具を作り上げる。
共有幻想は話の齟齬などが生まれやすく、共有幻想を抱いた被験者は過去全て脱却失敗に終わっている。
賢者の石はスミゾラマリに盗まれたと思い込ませる事に成功。
7月7日。無事、幻想から脱却。
―――子供たちの見ている幻想は、前触れも無く、ある日突然消えてしまう。
それに対応するため、病院中に監視カメラを設置し、常に監視していた。
ハレはある日ペガサスの幻想を抱き、そして突然見えなくなった。
幻獣図鑑などありもしない図鑑を作らせておいた。
ことがおきたら図書室に置いておけば子供たちが勝手に寿命でペガサスが死んだと推理してくれた。
ユキは魔法に憧れた。
魔法を使う事を禁止するだけで解決すると考えていたが、自ら魔法を使おうとしてしまう。
魔法が幻想だったと気付かせないために、10歳で魔法が使えなくなると推理させ思い込ませた。
そして厄介なのが共有幻想だ。タイヨウが「石が光っている」という幻想を言葉にし、ホシノにも同じものが見えるようになった。共有幻想は、お互いがなんとなくのイメージで見えているものを作り上げるので、話の齟齬が出やすく、幻想に気付いてしまうケースが多い。
タイヨウとホシノは賢者の石を箱にいれて中庭に隠していたので、違和感に気付かなかったようだ。
スミゾラマリが賢者の石を盗んだと推理させ、無事、共有幻想から脱却させた。
そして―――。
スミゾラマリがいなくなった事で、最大の問題も解決した。
4人が抱いていた共有幻想【スミゾラマリ】が消えたのだ。
子供たちの目に映るスミゾラマリは、どんな姿をしていたのだろうか?
私は子供たちの幻想の中にしかいない彼女の名前が、どんな字なのかすら分からない。
けど、子供たちは彼女の話をするときだけは、本当に幸せそうだった。
……これで、4人の天才が完成した。
この国は、世界は、これからどうなるのだろうか?私のした事は正しかったのだろうか。
子供たちの未来に希望がある事を願っている。
文字を打ち終えると、白衣を着た男が深く息を吐きだし、椅子にもたれこんだ。
―――次の瞬間、爆発音が鳴り響いた。
終幕「幻想のマリス」