黄井(きい)キイ
38歳、女性。
あなたの生徒、山吹(やまぶき)イエロウが死亡した事件は、迷宮入りしている。
2090年。
今から10年前、当時、あなたは高校教師だった。
幼い頃はフルートとして音楽家を目指し、全力で挑み、そして叶わなかった。
少しでも音楽に関わりたくて、あなたは指導する道を選ぶ。
皮肉にも、あなたは人に教える才能はあったようで、強豪校と呼ばれる音楽校にスカウトされ顧問をするようになる。
あなたが指導するのは、「エレクトリカル吹奏楽」(以下、エレ楽)という2090年、文科系では最も人口が多い花形ともいえる部活。
エレ楽では、最新技術で創られた特殊な楽器を使い集団で演奏するので、チーム力も個人力も求められる。
山吹イエロウは、天才だった。
生徒をひいき目に見ることは正しくないと言われるかもしれないが、あなたが顧問として求められている役目は「みんなで楽しく」ではなく「勝つこと」だ。
まだ1年生の山吹イエロウをレギュラーに、そして中心とも言えるトランペットを担当させることには、非難の声もあった。
けど、すぐに仲間とも馴染み、過去最高のエレ楽部と呼ばれ、金賞を期待されるほどのチームになった。
2090年、7月。エレ楽部のレギュラーは、学校で合宿を行うことになった。
前時代的といわれるかもしれないが、古き文化から得られるものもある。
最近では練習もすべてオンラインで行う学校がほとんどだったが、あなたは、実際に顔を合わせて練習することを大切にしていた。
その年は、学習型AIアペイロンが世間を賑やかせていて、このままでは世界が滅ぶとか、人間の時代は終わるとか、様々な憶測が飛び交っていた。
合宿への反対意見も多少はあったようだが、まだ世界が混乱に陥る前だったこともあり、あなたの判断で、合宿は決行された。
―――その合宿中に、イエロウは、命を落とした。
あなたは真実を知るために行動しようとしたが、急速な文明の発達に世界中が混乱に陥り、すべては迷宮入りしてしまった。あなたの教師生活はそこで終わりを告げる。
この10年は、一瞬だった。あなたたち人間は、AIの進化に対応するだけで手いっぱいで、現在でもまだ混乱は落ち着いていないものの、日常を取り戻しつつある。
そんな忙しない日々の中でも、あなたは、反対を押し切り合宿を決行したことを、ずっと後悔している。
イエロウが死んだこと、教え子たちを最後まで見届けられなかったこと。
全ての心残りを無くすためにも、真実を知りたいと考えていた。
「迷宮入りした事件の真実を知り、裁きを下しませんか?」
あなたの前に、虹玉(にじたま)ナナイロと名乗った人物が現れた。
怪しい誘いではあったが、断る選択肢は無かった。
こうしてあなたは、ナナイロに誘われるまま、虹玉研究所へとやって来たのだった。